蚕と繭玉
シルクを食べる?年輩の方が驚くのも無理ありません。「シルクと言えば衣料」と相場が決まっているのですから。

しかし近年、シルクに関する研究が進み「食用シルク」と呼ばれる分野の健康食品や化粧品が数多く出回り始めています。

この章では「食べるシルク」についていくつか説明したいと思います。

 

桑の木は「宝の木」

 

一昔前まで桑の木はどこの野山でも見られたので、年輩の方ならよくご存じでしょう。

桑は「食用シルク」とは呼べませんが、シルクの糸を吐き出す蚕は一生の間、桑の葉だけを食べて成長するので、シルクと非常に深い関連があります。

ですから養蚕業が大々的に行われてきた日本では非常になじみが深く、懐かしいふる里の木なのです。

桑の実は、国民的な童謡「赤とんぼ」の2番の歌詞でも歌われていますね。

「♪山の畑の 桑の実を 小籠に摘んだはまぼろしか♪」

ちょうど田植えの終わる頃、農家の庭先では幼い子供達が口の周りを真っ赤に染めながら、甘酸っぱい桑の実を食べていたものです。

桑の実の呼び名は地方によって何種類かに分けられます。

新潟県や福島県では桑の子という意味で「クワゴ」と呼ばれていましたし、群馬県など関東地方では「ドドメ」(ドドメ色という言葉を聞いたことありますよね?)、富山県では「カンツバ」、京都府では「フナメ」などと呼ばれていました。同じ県内でも地方によって異なる呼称があったりして、昔から桑の実が人々の暮らしと密接な関係にあったことを示唆してくれます。

特に、クワイチゴとかクワモモ、クワグミという呼び名はおいしそうな感じがして私のお気に入りです。ちょっと変わった呼び名では「クワフグリ(大分、徳島など)」というのがあります。ふぐりとは睾丸のことですよね。

桑の実にはアントシアニンが豊富に含まれています。

アントシアニンと言えば近年ではブルーベリーが有名ですが、桑の実に含まれるアントシアニン量はブリーベリーを上回るのです。アントシアニンは視力の向上や抗酸化作用によるガンや動脈硬化の予防に力を発揮します。

欧米では桑の実(マルベリー)はフルーツとして栽培されていますが、日本では養蚕業に使うことを重点的に考えて、桑の実の産業化はなかなか進みませんでした。

近年、日本では健康食品としての桑の研究が進み、桑は「植物の超優等生・万能選手」と言われています。

群馬県立医療短期大学の下村教授は一九九六年の「日本肥満学会」において、桑の葉には体重抑制とダイエット効果があるとの調査・実験結果を発表しています。

この実験はラットに普通のエサと桑葉粉末を一〇~五〇%加えたエサを四週間にわたって与え、その体重増加を観察するというものです。

前頁の表のように桑葉の量が増えるにしたがって、体重増加は著しく抑制されます。

肥満は生活習慣病の大敵となります。桑の葉は肥満を防ぐ上で非常に有効な食物であるということがわかります。

また別の機関の研究では、桑葉には血糖値の上昇を抑え糖尿病を予防する効果もあることがわかりました。

血糖値を抑える有効成分はデオキシノジリマイシン(DNJ)とフラボノイドです。

DNJは桑以外の植物ではまだ発見されていない特殊な成分です。

DNJは糖分解酵素の一つであるα-グルコシダーゼの活性を阻害し、食後の高血糖を制御します。

桑の葉にダイエット効果、血糖上昇抑制効果があるとなれば、これはもう糖尿病患者に打ってつけの健康食品になります。

桑の葉は蚕だけが食べるのではありません。人も昔からお茶や天ぷらの材料として利用してきましたし、桑の木の若い芽はおひたしにして食べられます。

現代人はカルシウムと鉄分が不足していると指摘されていますが、桑の葉にはこの二つのミネラルが驚くほど多量に含まれています。

例えばカルシウムは干しエビや煮干よりも多く、牛乳の二七倍も含まれています。

鉄分は豚肝臓の三・四倍、納豆の十五倍も含まれているのです。

また、桑の葉には「制ガン効果」もあることが神奈川県ガンセンターの試験で明らかになりました。

ちょっと長くなりますが、神奈川県科学技術政策推進委員会の報告書では次のように指摘されています。

 

「桑葉には、豊富な食物繊維、ビタミン類をはじめ、レチノール、カロチノイド、さらにケルセチン、ケルシトリンほかのフラボノイド類、ポリフェノール類、植物ステロールなどの生理機能活性成分が含まれている。また、カルシウム、カリウム、鉄などの電解質に富み、タンパク成分としては必須アミノ酸の含有量も豊富な素材である。

従って、桑葉は食品中成分の消化吸収制御作用、コレステロールをはじめとする血中脂質代謝制御作用、血糖抑制作用、抗酸化作用、変異原性物質活性化抑制作用をはじめ、発ガン過程抑制作用などの期待される、健康維持に有用な成分の豊富な素材である可能性が想定される」

また玉川大学の八並一寿氏の研究でも、桑の葉には①抗エイズ作用 ②インスリン分泌促進作用 ③発ガン抑制作用 ④血圧降下作用などがあると言われています。

 

桑の葉の効能については公的な学会の場において三十以上の報告がなされています。

いくつか例を挙げますと下の表のようになります。

桑葉の効能は、糖尿病や高血圧、高脂血症の改善など生活習慣病の予防や治療に深く関与しています。

日本の国立機関である「国立健康・栄養研究所」が発表した論文(平原文子著)によると、桑の葉の作用には以下のようなものがあると考えられます。

 

(1)血糖値の急激な上昇抑制

一般的に、砂糖やデンプン、多糖類などは最終的に小腸内で分解されて吸収されます。DNJはブドウ糖と構造が良く似ており、糖分を分解する酵素とはグルコ-スよりも優先的に結びつきます。その結果、酵素は糖を分解する活性が阻害され、小腸からの糖の吸収が抑えられて血糖値の急激な上昇を制御すると考えられ、肥満予防にも繋がると期待されています。

 

(2)インスリン分泌促進作用と血糖値の正常化

DNJには血糖値を改善する効果があることやインスリンの分泌を刺激・促進する効果のあることが報告されています。DNJは葉の中に含まれているフラボノイドなどとともに、血糖値上昇抑制効果により糖尿病を予防し、生活習慣病を改善すると期待されています。

 

(3)血圧の正常化と血圧上昇抑制効果

ラットを用いた研究では、高血圧の明らかな抑制効果が、実験的に認められました。γ―アミノ酪酸(GABA)が血圧降下作用を有することが知られていますが、桑の葉にもGABAが含まれており、それによって血圧降下効果があるとされています。

 

(4)脂質代謝改善(コレステロール値、中性脂肪値を改善)

桑の葉は血中のコレステロール値や中性脂肪値を改善することがウサギの実験で明らかになりました。また、葉に含まれているフラボノイド類の抗酸化作用により動脈硬化を防ぐことが研究されています。

 

(5)肝臓と腎臓機能改善

桑の葉が、肝臓に溜まる脂肪やコレステロールを抑制し肝臓の機能や腎臓の機能を改善する効果のあることが報告されています。

 

(6)体脂肪蓄積抑制、脂肪の排泄量増加

桑の葉を投与したラットは、対照のラットに比べて、糞中への脂肪の排泄が多いことが認められ、体脂肪の減少、特に、内臓脂肪の蓄積を抑制して肥満を防止することが示されています。

 

(7)発ガン抑制

マウスを用いた実験では、桑の葉にはガンの抑制効果があることが報告されています。

 

(8)便秘改善と整腸作用

桑の葉には食物繊維が多く含まれています。また、小腸からの過剰な糖の吸収を抑えるDNJによって、消化・吸収されなかった糖が大腸に運ばれ、そこに生息する腸内細菌の作用により、排便をスムーズにして便秘を改善すると考えられています。

桑の葉投与ラットの消化器官系に対して、腸内の善玉菌には影響を与えずに、悪玉菌を減少させ、腸内の細菌群を良好に保つ整腸作用も報告されています。

 

(9)殺菌作用、その他

桑の葉にはカビを抑える作用や殺菌・消炎作用があることが研究されています。

桑の乾燥葉中にはカルシウムが多く含まれています。植物中のカルシウムの吸収率はあまりよくありませんが、桑の葉とマグネシウムなどのミネラルや乳酸、アミノ酸などを同時に摂取すると吸収が助けられ、骨粗鬆症予防にもなる可能性が考えられます。また、貧血予防、美白効果、発毛促進効果、老化現象の進行遅延に関する研究など広い分野について研究がなされています。

公的な研究機関でこのように多種多様な効果が確認された植物はほかに例を見ないでしょう。

 

桑の実も、漢方薬の分野で古くから利用されていました。

桑の実は「桑椹(そうじん)」あるいは「桑椹子(そうじんし)」と呼ばれ、強壮薬として、貧血・神経衰弱・動脈硬化・糖尿病・耳鳴り・めまいなどに利用されてきました。

桑の健康利用法はこれだけではありません。

足のむくみや脚気、できもの、脳卒中などの治療・予防としては「桑湯」が有名です。桑の木の枝や皮を小さく切ってお鍋で煮て、その煎じ汁を浴槽のお湯に足して入るのです。桑湯はお風呂としてだけでなく、そのまま飲んだりもしました。

桑の実はそのまま果実として食べてもよし、ジュースやジャムにしてもよし、とされています。実際桑の実のジャムやジュース、桑の実酒、桑の実ワインなどが市販されています。

桑の実ジャムのあっさりとした甘みとまろやかさは、一度食べると病みつきになるほどのおいしさです。

 

桑の根っこにもすばらしい薬効があります。

桑の根は強力な生命力を持っています。桑の木を切り倒しても次の年には切り株から数本の若芽が生えてきます。

そのまま放っておくとちょっと見ぬ間に立派な若木に育ちます。

若芽をすべて摘み取ってもまた次の年には成長し始めます。

このような強靭な根は漢方薬の材料として用いられてきました。

根を煎じて飲んだり酒に浸して飲んだりしましたが、特に桑白皮は消炎・利尿・鎮咳・育毛などの分野でその名を馳せています。桑白皮利用の育毛剤は健康雑誌などで度々取り上げられているので、どなたでも聞いたことがあるでしょう。昔、吉原では無毛症に悩む遊女達が桑の葉を揉んで、その汁をこすりつけていたそうです。

また桑白皮は和紙の優秀な原料ともなるのです。

桑は家具の材料としても立派な物です。

一昔前まで日本全国どこでも見られた桑の木も、残念ながら今日では非常に少なくなってしまいました。

その昔中国で飢饉を救ったと言われる桑。木全体が薬になる桑。

こんな貴重な木を廃(すた)らせてしまうのはまことに惜しいことです。

庭がある方はこの機会にぜひ一本植えておいてほしいものです。都会の方も心配無用、桑の木は鉢植えでも十分育てられます。盆栽で楽しむこともできますので少人数の家庭では桑の盆栽一本で意外に重宝します。

「宝の木」をあなたも一本どうですか?

 

桑葉の体重抑制効果

1週間の体重増加 2週間の体重増加 3週間の体重増加 4週間の体重増加
桑葉なし飼料 60g 125g 170g 180g
桑葉10%飼料 58g 110g 140g 155g
桑葉30%飼料 45g 90g 110g 110g
桑葉50%飼料 30g 70g 80g 75g

 

 

論文題名 学会名 年月日
糖尿病ラットに対する桑葉の効果 日本食品衛生学会 H5.5.12
糖尿病ラットに対する桑葉の血糖改善作用について 第30回薬事指導所長会議 H5.10.27
桑葉の成人病予防効果について 神奈川県薬剤師会第13回学術大会 H5.11.14
桑葉の血圧抑制効果について 第115回日本薬学会年会 H7.3.30