蚕(かいこ)は丸ごと薬になる

 

養蚕農家では春・秋の養蚕時期には家の中で一番広く風通しの良い部屋が蚕室にされるので、家族は隅っこに押しやられ少々窮屈な思いをしました。蚕はまるで殿様のような扱いを受けていたのです。決して逃げ出すことなく黙々と桑の葉を食べながら成長する蚕。

農家の人は蚕が悪い虫や菌に侵されないよう、それはそれは気を遣っていたのです。蚕は虫の中の殿様、それも「バカ殿」ではなく非常に優秀で有能な殿様です。

なにせ蚕は丸ごと薬になるのですから。

古医書や「本草綱目」(ほんぞうこうもく)に収められている蚕の薬効はまことに多彩で驚かされます。

糖尿病に対しての効果は別の章でお話ししますので、それ以外の薬効をいくつか上げてみましょう。

 

  • 乳腺炎・切り傷

蚕の糞(ふん)(蚕沙)(さんしゃ)を水でとき、患部に塗ります。糞と言うと汚く感じますが、蚕は桑の葉しか食べないので、糞の中に桑の葉に由来する有効成分が含まれていて、クロロフィルの作用で外傷の治りが非常に早いのです。

 

  • 喘息・気管支炎

蚕沙を黄色くなるまで炒って粉末にし、蜂蜜にとかして随時なめます。

 

  • 解熱・小児の疳(かん)

蚕を炒って粉末にし、服用します。大人ならお酒で飲むのもいいでしょう。

 

  • リュウマチ

蚕の黒焼きを粉末にして服用します。

 

 

さなぎは天然の栄養補助食品

 

製糸工場では繭(まゆ)から糸を紡ぎ取ってしまい、繭の中に入っていたさなぎは捨てられています。

さなぎは繭をつくるのに大量の絹糸を吐き出し、多大なエネルギーを消耗しているので蚕ほどの薬効は期待できませんし、シルク成分もほとんど含まれませんが、タンパク質や脂肪は豊富です。さなぎのタンパク質は牛肉にも劣らず、魚粉より優れ、ビタミンB2が多量に含まれています。ですからさなぎ三個の栄養は鶏卵一個分と言われてきました。

この飽食の時代にわざわざさなぎを探して食べる必要はありませんが、栄養補助食品としての価値はあるということだけは覚えておいて欲しいものです。実際、現在も長野県ではさなぎの佃煮が売られています。

製糸工場から出たさなぎのほとんどが家畜の飼料や養魚場の魚のエサとして利用されていますし、脂肪分は精製して食用油や石鹸の原料になります。

薬用としては虫さされや、獣に噛まれたときにさなぎの液汁を患部に塗るという民間療法があります。

韓国では、今でも焼肉屋さんに行くと蚕のさなぎを出してくれる店があります。肉を焼く合間にさなぎも火であぶって食べるのです。お酒の「つまみ」に最適ですよ。また、ソウルの露天では、当たり前のように「さなぎ煮」が売られています。

「食の国」呼ばれる中国の山東省や遼寧省では、野生の蚕のさなぎが市販されており、野菜と共に炒めたり、煮て食べます。また、フライにしてタマネギとソースであしらえて食べたり、生きたさなぎを半分に切ってスプーンですくって食べる場合もあります。生のさなぎはヨーグルトのような味がします。

アジア以外にもアメリカ西部ではさなぎではなく、パンドラ蛾という絹糸虫の幼虫を食べます。この幼虫はピアギと呼ばれ、元々はカスケート地方やシャラネバダ山脈に住んでいたインディアンによって食用として利用されていましたが、あとから移住してきた現代のアメリカ人にもしっかりと受け継がれています。アメリカでは幼虫をそのままゆでて塩をふって食べたり、シチューの具として利用するのです。

日本でも蚕のさなぎを食べる風習はかなりの広範囲でみられました。

大正時代の調査によると、当時全国23の県で蚕のさなぎが食べられていましたし、その内の七つの県では「薬」として利用されていました。子供の夜泣き、ぜんそく、虚弱な人には栄養剤として優れた民間薬だったそうです。