【朝日新聞 2015.6.9】

 

糖尿病の三大合併症の一つ、糖尿病網膜症は、視覚障害者の失明原因の2位を占める。近年、硝子体(しょうしたい)の手術のリスクが大幅に減り、視 力がさほど落ちていない人を対象に視力回復を狙って行うことも増えてきた。発見時点からの健康管理が最も重要なのは変わらないが、専門家は「糖尿病と診断 されたら、定期的に眼科を受診して検査を受けてほしい」と呼びかける。

■自覚ないまま重症に

都内に住む元会社員の男性(38)が目の異変に気づいたのは昨年6月。右目の視界にモザイクがかかったような部分があった。数日後、近所の眼科を受診。紹介先の病院で初めて糖尿病網膜症と診断された。

実は、20年近く前に受けた健康診断で糖尿病だと言われていた。しばらくは月1回受診していたが、28歳で就職してからは、定期的な受診は途絶えていた。

次第に足の裏もしびれてきてはいたが、さほど生活には支障がなく合併症は気にしていなかった。目や鼻の炎症の治療を受けたときも、合併症について注意を受けたことはなかった。

レーザーによる治療も受けたが進行は止まらず、10月半ばから長期間休んだ後、1月には視力低下で退職せざるをえなくなった。5月には杏林大学病 院の内科で血糖値を下げたうえで、眼科で硝子体を手術で取り除いた。男性は「もっと前から病気の怖さを自覚していれば」と悔やむ。

糖尿病網膜症には三つの段階がある。単純網膜症と言われる初期では、網膜の血管が傷んで細い血管にこぶができたり、弱くなった血管壁から血漿 (けっしょう)成分がもれたりする。ただ、この段階は血糖管理を徹底すれば良くなる可能性がある。杏林大の石田均教授(糖尿病・内分泌・代謝内科)は「血 糖値だけでなく、血圧や脂質などの管理も大事。全身状態を良く保つことで網膜症を含めた合併症の進行を防ぐことができる」と話す。

次の増殖前網膜症になると血管が閉塞(へいそく)し、白い綿のようにみえる軟性白斑が網膜にできることもある。それでも自覚症状がない人も多い。 冒頭の男性のように視力低下をはっきりと自覚する頃には、さらに進んで最終段階の増殖網膜症になっている人が多い。ゼリー状の硝子体に新生血管が生えては 出血。周囲に膜状の組織が広がり、網膜剥離(はくり)を起こしやすくなる。放置すれば失明のリスクも高い。

増殖前以降の治療では、網膜光凝固が基本だ。血管が閉塞した部分にレーザー光を当てる方法だ。早いほど治療成績はよい。

■手術が進歩、新薬も

レーザーによる光凝固が基本となる治療だが、近年飛躍的に進歩してきたのが硝子体手術だ。硝子体の出血や網膜上に増殖した膜状の組織を切除する。手術器具の改良が進み、切開する部分も小さくなった。

手術のリスクが高かったころは、失明回避の目的で非常に網膜症が進行してから硝子体手術をしたが、「最近は比較的視力が良好でも、よりよい視力回復のために手術をすることも多くなった」と杏林大の平形明人教授(眼科)。

また、糖尿病網膜症は、網膜の中心である黄斑に浮腫を合併することもある。病気がそれほど進んでいなくても視力が落ちる人もいる。こうした黄斑浮腫に対する治療としては昨年、新薬の抗VEGF薬に保険が認められた。

浮腫を軽減し、視力を改善させる。ただ、1~2カ月に1度の投与で保険を使っても患者の負担は5万~6万円。黄斑浮腫の治療には、ほかに硝子体手術や既存のステロイド薬を使った治療も検討されている。

ただ、進行してからでは治療が難しくなる。進行するまで自覚症状がないだけに、手遅れを防ぐには、早期からのフォローが欠かせないが、眼科に定期 的に通っている人は多くない。「糖尿病と診断された時からの定期的な眼底検査などのチェックが何よりも大事」と、東京女子医科大糖尿病センター眼科の北野 滋彦教授は話す。